三陸 海 輝く

先週末岩手の三陸海岸に行ってきました。
幾度となく訪れた場所ですが、東日本大震災の前、後、関係なく本当に海の美しさを感じる場所です。
今回陸前高田により、奇跡の一本松を見てきました。現在は盛り土するためにベルトコンベアで土砂を運んでるところでこんな風景でした。

f0346597_11454270.jpg
















震災の後、たくさんの方たちの力で保存された一本松は希望のシンボルとしてそびえたっていました。
工事中でしたが展望台も設けられていました。

このあと宮古までいき浄土ヶ浜に立ち寄りました。

f0346597_11452287.jpg
















この日はお天気に恵まれ本当に美しい海を臨みました。
入江のおだやかな海から船で沖合にでると実に勇壮な海が広がります。


f0346597_11442222.jpg


















震災から三年。

震災遺構は少なくなる中、山田のいとこはまだ仮設住宅暮しです。
まだまだ完全な復興には遠いような・・・。

今週末は宮古から南に行った大槌町で映画「じんじん」の上映会がありまた三陸を訪れます。
大槌にはどうしてもいきたいところがあります。
「風のでんわ」・・・・どんな場所なのかいまから楽しみにしています。




# by nakai_otf | 2014-09-23 18:19

ジャスミンです!

みなさん、お久しぶりです。
ジャスミンです。
やっと過ごしやすい季節になり、生きた心地がしています。
我々あったかな毛皮しょってるので夏はほんとに一苦労です。
多摩川がいまとても綺麗です。

f0346597_15035292.jpg
















この日は平日夕方だというのに人っ子一人いなくて多摩川独り占めでした!
お母さんとしばらくぼーっとキラキラの川を眺めました。生命のリフレッシュです。

お母さんにブログバトンタッチしましたがわたしも元気にやってます。
またこんな風にときどき登場しまーす!

f0346597_15040462.jpg




# by nakai_otf | 2014-09-22 13:55

すてきなお別れ会

綾さんのお別れ会はすべて家族の手作りでした.
おうちの庭に祭壇と軽食会場を作り一日オープンハウスのような
形で行われなした。

f0346597_06182309.jpg
















食事はなんと羊を一頭丸焼きにして、(このオーブンも息子たちの手作り)参加した人たちのもちよりのおかずと
一緒にふるまわれました。
それはまるで綾さんがたくさんの人たちを自分の家に招き、ずっとやっていたパーティーのようでした。

f0346597_06181494.jpg
















私は祭壇におりんをもって行きました。
これは九州を旅したときにみつけたおりんで、普通のおりんとちょっと違いとても繊細な音色がします。
アメリカの人たちにはこんな風習はないでしょうが、祭壇の前でたくさんの人たちがこのおりんをならして
くれました。

f0346597_09243531.jpg

















そしてそこに字手紙も添えました。
「祈・・・・・綾さん ありがとう やすらかに」
綾さんからアメリカに滞在中、私はたくさんの書を教えてもらいました。自分が書きたいものすべてのお手本を書いて
もらい、にじみやぼかしをあえてつくったり、また書く紙まで作ってしまったり・・・私がこれまで教わってきたいわゆる
「お習字」というものとは全く違う自由な発想の書を学びました。
もっともっと教えてもらいたいことがいっぱいあったのに・・・。
f0346597_06175805.jpg









綾さんのお別れ会はのべ300人近い人たちが参列し、子供たちそして孫たちがみんなで力を合わせておばあちゃんのために
作った会場で、綾さんの思い出話が夜遅くまで聞こえていました。
そこには涙でなくたくさんの笑い声がありました。お別れの会という悲しく寂しい場所なのに、人々は楽しそうに
まるで綾さんを囲むようにして時間を過ごしていました。これが亡くなった人のまさに「生き様」なのかなと、
たくさんの人たちを招き、いつも楽しい時間を作ってきた綾さんだからこそこんなお別れ会ができたのではないか
と思いました。

私たちはみんなが帰った後、板垣家の家族と一緒に後片付けをしてホテルに戻りました。
夏でも夜にはひんやりとした空気がながれ、街灯一つない湖畔の道から空を仰げばそこには満点の星。
その星のひとつに綾さんはなってしまったのでしょうか・・・。
それにしても、私たちがここで暮らしていた28年前とまったく変わらない時間がここには流れているような気がしました。
東京という大都会であくせく働いてきた自分にとって、ゆったりと流れる時を楽しむようにして人生を過ごしているこの地
の人たちとであった時、本当に衝撃を受けたものでした。
どうやったら本当に豊かな人生を送ることができるのだろう・・。また私はこんなことを考えてしまいました。
綾さん あなたがそこにいなかったことだけが、ただただ寂しく悲しく思いました。
でもきっとどこかで見ていたでしょうね。みんなでつくったあなたのお別れの会を。そしてこれからも見ていてくださいね。





# by nakai_otf | 2014-09-13 10:13

変わらない時間

なんだか急に涼しくなって拍子抜けですね。
でも私たちって暑ければ暑いと文句をいい、涼しければ早く涼しくなりすぎだと文句をいい
本当に文句の好きな生き物だなと思います。
暑いの大好きな私にとって、8月の最後がこれっていうのは寂しい。
やっぱりもう少し生ビール、く〜って飲みたいですよね。

さてさて今年の夏、私は特別な旅をしました。
というのは新婚時代住んでいたアメリカのニューハンプシャー州に行ってきたのです。
皆さんには「お世話になった」と心から思える人って何人くらいいらっしゃいますか?
今度の旅は私たち夫婦が、心からお世話になったと言える方のお別れ会に参加するための旅でした。その方は稲垣綾さん。
綾さんは研究者であるご主人の和彦さんとアメリカに渡り、50年以上この地で生活をされてきました。
今から26年前、右も左もハノーバーで生活を始めた私に何から何まで教えてくれたのが綾さんでした。
綾さんは筆と墨を使って書や絵をかくブラッシュアーティスト。
私は綾さんの書が大好きで、ハノーバーに住んでいる時に綾さんの書道教室に通い、
そして綾さんの描く絵に一目惚れした
私は私の処女作「ニューイングランド物語」の挿絵を綾さんに描いてもらったのです。
一緒にご飯を食べたりお酒を飲んだり、たった2年弱の滞在でしたが折に触れ一緒の時間を過ごしました。
「いつでも私はここにいるから、みんなでいつでもいらっしゃいよ」
別れる時、綾さんは必ずこう言ってくれました。
いつでも元気いっぱい、そしてエネルギーに満ちあふれていた綾さん。
あそこに行けば綾さんがいる--心のふるさとハノーバーを思い出す時はいつもそう思っていました。
そんな綾さんが、脳卒中で急逝したという報が伝わったのが今年1月の終わり。
誰もが耳を疑う知らせでした。バスルームで倒れてそのままでした。

もともと8月には綾さん傘寿(80才)を祝う展覧会を企画していたのですが、
それがお別れの展覧会に変わってしまいました。
板垣家の子供たちはみんな私と同年代。
「是非来てください」というメールをもらいこの旅を決心しました。
展覧会の会場へ行くとそこには綾さん渾身の作品がたくさんならんでいました。
大好きだった綾さんの書や絵をみただけでもう涙がとまらなくなりました。

「天地」
f0346597_08064287.jpg 
f0346597_08063228.jpg


「鳥」
f0346597_08063912.jpg 
f0346597_08050030.jpg






展覧会の翌日はレイクモーレイ(バーモント州)のほとりにあるご自宅で、
ご主人と子供たちによる手作りのお別れ会が開かれました。
その様子は次号で。
私のこころのふるさとには27年前と変わらない時間が流れていました・・・・・。



# by nakai_otf | 2014-08-31 16:30
Copyright © Nakai kie. All rights reserved. This site was designed and coded by On the Field Inc.